甲府地方裁判所 昭和31年(ワ)236号 判決 1959年4月24日
原告 中山ちかよ 外三名
被告 山一水産株式会社 外三名
主文
一、被告四名は各自、原告中山ちかよ、同功、同収に対し各金一、二八〇、一五六円宛およびこれに対する昭和三一年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二、被告四名は各自、原告ちかよ同信次に対し各金一〇〇、〇〇〇円宛、原告功同収に対し各金三〇、〇〇〇円宛および右各金額に対する昭和三一年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
三、原告ちかよ、同功、同収の被告四名に対するその余の請求をいずれも棄却する。
四、訴訟費用は被告四名の連帯負担とする。
五、本判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨とこれに対する答弁
原告等訴訟代理人は
「被告四名は連帯して
原告ちかよ、同功、同収に対し各金一、二八〇、一五六円宛、
原告ちかよに対し金一五〇、〇〇〇円
原告功、収両名に対し各金八〇、〇〇〇円宛
原告信次に対し金一〇〇、〇〇〇円
および右各金員に対する昭和三一年一一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ
訴訟費用は被告等の連帯負担とする」
との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人はいずれも、「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする」、との判決を求め、被告山一水産株式会社同今村修各訴訟代理人は、担保による仮執行免脱の宣言を求めた。
第二、原告等の請求原因
一、訴外亡中山信夫は原告等の肩書住所地で写真業を営んでいた者であるが、昭和三一年一〇月一四日、甲府市西中学校生徒の修学旅行に随行撮影を依頼され、旅装を整えた上、被告久保島喜男の運転する被告山梨貸切自動車株式会社(以下単に山梨貸切という)の小型乗用自動車を雇入れ、同日午前四時三〇分頃自宅を出発し、被告久保島は甲府市若松町の道路を東から西に向つて疾走したところ、右道路が魚町から湯田町に南北に通ずる道路と交叉する十字路中央において、北から南に向けて疾走してきた被告今村修の運転する被告山一水産株式会社(以下山一水産と略称する)の貨物自動車が右乗用車の正右側面に衝突したため、乗用車はその反動で右十字路の西南隅道路上にある電柱に衝突、車体を大破した。そして中山信夫はその衝突のため身体を乗用車の車体に激突され頭蓋底骨折の重傷を負つて意識を失い、直ちに甲府市桜町六五番地医師中村敏寛方に入院したが、同月一六日午後一〇時二〇分右傷害のため死亡するに至つた。
二、右衝突の原因は、貨物自動車の今村運転手と乗用車の久保島運転手の双方に左の通りの注意義務違反があつたことに因るものである。すなわち今村としては
(イ) 道路の左側によつて運転通行しなければならないのに、道路中央部を疾走し(道路交通取締法第三条)、
(ロ) 衝突現場の交叉点は交通整理の行われていない箇所であるから、この交叉点に入ろうとするときは、すでに若松町通りから交叉点に入つている久保島運転手の乗用車に進路を譲らなければならないのにこれを怠り(同法第一七条)、
(ハ) 右箇所において自動車を徐行し且つ徐行の合図をなすべきに拘らず全くこれを怠り(同法第二二条、同法施行令第三七条)、
(ニ) 昭和三一年一〇月一四日当時の日出時刻は午前五時四〇分頃であり、衝突事故が起つたのは午前四時三〇分頃で、夜間であつたのに、自動車の前照燈を点じていなかつた(同法施行令第一八条)、
(ホ) 法令による最高速度の制限(時速三〇粁)を超過した時速約四〇粁の速力で自動車を運転し(同法第一〇条、第七条第二項第五号)、
たものであり、また乗用車を運転していた久保島としては、前記(イ)(ニ)(ホ)と同様の注意義務違反があつた他、
(ヘ) 前方注視の注意を怠り、今村の運転する貨物自動車の進路に漫然進入してこれと衝突し
(ト) 狭い若松町通りから広い魚町通りに出るときは一時停車するかまたは徐行して、広い道路にある貨物自動車に進路を譲るべきであつたのにこれをしなかつた(道路交通取締法第一八条)ものである。
以上の通り、中山信夫の死亡は、被告今村同久保島の重大なる過失によるものであるが、右両名はそれぞれ被告山一水産、ならびに被告山梨貸切に自動車運転手として雇われ、各会社の事業の執行として自動車を運転していたものであるから、右両会社も、被告今村同久保島の右共同不法行為の結果につき責任がある。よつて被告四名は連帯して原告等に対し、原告等が中山信夫の死亡によつて蒙つた後記の損害を賠償する義務があるものといわなければならない。
三、原告ちかよ(大正一五年三月八日生)は中山信夫の妻、原告功(昭和二九年一〇月九日生)はその長男、原告収(昭和三一年六月二五日生)はその次男、原告信次(明治二六年八月一八日生)は中山信夫の父であり、いずれも信夫と同居してその扶養を受けていた者である。信夫は昭和二一年以来前記の場所において写真業を営み、その総収入は平均一ケ月七〇、〇〇〇円、これより営業経費三五、〇〇〇円および本人の生活費五、〇〇〇円をそれぞれ差引いた実収入金三〇、〇〇〇円で原告等四名の生計を図り、且つ営業も拡大発展し日々に業績を上げつゝあつたところである。したがつて、被告四名は信夫の不慮の死亡によつて一家の柱石を失い以下の通りの物質的ならびに精神的損害を蒙るに至つた。
(イ) 信夫は大正一二年二月二七日生れで死亡当時満三三才であつたが、同人の写真師としての稼働年令を六五才までとすれば、同人は向後三二年間同一の生業により得べかりし総収益を失つたことになる。そして、同人の収益額は前記の通り自己の生活費を控除して一ケ月三〇、〇〇〇円であるから、右の総取益の現在価格を、利率年五分としてホフマン式計算法によつて算定すれば金四、四三〇、七七〇円となる。なお同人は負傷後死亡まで三日間入院し、その間別紙計算書支出1、2の通りの費目を支出したのでこれらの物質的損害を別紙計算書の通り損益相殺によつて計算すれば純損害額の合計は金三、八四〇、四七〇円となる。そして、原告ちかよ、同功、同収は前記の身分関係に基き、信夫の右金三、八四〇、四七〇円の損害賠償請求権を各相続分に応じて相続したので、右原告三名の一人あたりの金額はいずれも金一、二八〇、一五六円となる。
(ロ) 原告等は信夫の急死によつて一朝にして収入の途を絶たれ、信夫の遺した写真営業用の器具以外は何らの財産なく将来の生活について甚しい不安を感じ、その受けた精神的苦痛は甚大なものがある。よつて原告等に対する慰藉料はこれらおよび前記の諸事情を考慮し、原告ちかよにつき金一五〇、〇〇〇円、原告功、同収につき各自金八〇、〇〇〇円、原告信次につき金一〇〇、〇〇〇円を以て相当とする。
四、よつて原告等は被告今村同久保島の共同不法行為に因り原告等の蒙つた損害の賠償として、被告四名に対し連帯して、前記請求の趣旨通りの金額と、これに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。第三、被告等の答弁および抗弁、
一、被告山一水産同今村の答弁、
原告等が請求原因として主張する事実のうち前記一の事実は全部認める。前記二の事実はそのうち、被告今村が被告山一水産に雇われていたこと、被告今村につき(イ)ないし(ホ)の注意義務のあつたことは認めるが、その他の事実はすべて否認する。すなわち今村は右(イ)ないし(ホ)の注意義務をすべて順守し実行していたから、全然過失はなかつた。仮りに多少の過失があつたとしても、右事故の際、今村は、友人の伊藤務をその自宅に迎えに行くため勤務時間外に勝手に会社の自動車を持出して運転していたのであるから、会社の業務の執行の範囲外であり、被告山一水産としてはその事故により生じた第三者の損害につき賠償の責任はない。請求原因の三の事実は不知であるが別紙計算書のうち控除関係のみ認める。
二、被告山一水産の主張・抗弁、
本件の衝突事故が仮りに原告主張の通り被告山一水産の業務の執行につき、且つ被告今村の過失によつて生じたものであるとしても、山一水産としては今村に対し、平常から時間外の自動車使用ならびに貨物自動車に従業員以外の者を乗せることを厳禁する等、その選任監督につき相当の注意をしていたから、使用者としての賠償責任はない。
仮りに以上の主張抗弁が理由がなく、使用者としての責任を負うべきものとするも、山一水産は最近業態が悪化し莫大な負債があるので、損害賠償額の算定について右の事情が十分考慮されるべきである。
三、被告山梨貸切同久保島の答弁、
原告等の請求原因事実のうち前記一は、原告主張の日時場所において被告久保島同今村のそれぞれ運転する二台の自動車が衝突事故を起したことは認めるがその他の関係事実は不知、前記二は、そのうち被告久保島が被告山梨貸切の従業員であり同会社の業務の執行として自動車を運転していたことは認めるがその他の事実はすべて争う、すなわち本件衝突事故は全く被告今村の過失に因るものであるから、被告久保島同山梨貸切には何らの責任がない。請求原因三の事実ならびに損害額の点はいずれも知らない。
四、被告山梨貸切の抗弁
仮りに本件衝突事故につき被告久保島に過失があつたとしても、被告山梨貸切としては同人の選任および事業の監督につき相当の注意をなしたものであるから、原告等の損害に対し使用者として賠償の責任を負うことはない。
第四、被告等の抗弁に対する原告等の答弁、
被告山一水産および同山梨貸切の前記抗弁事実はいずれも否認する。
第五、証拠
一、原告四名訴訟代理人は甲第一ないし第一五号証を提出し、証人中山赳夫(第一、二回)、三枝文義、清水忠男、鈴木章次、岸本融、中村敏寛、石井朝夫、三橋栄、ならびに原告本人中山ちかよ、中山信次の各尋問を求め検証の結果を援用し、乙、丙号各証の成立を認めた。
二、被告山一水産同今村訴訟代理人は乙第一ないし第五号証を提出し証人伊藤務、村田健一ならびに被告代表者鈴木新次被告本人今村修の各尋問と甲府税務署に対する調査の嘱託を求め検証の結果を援用し、甲第二号証は警察官署作成部分の成立は認めるがその他の部分は不知、甲第三、四号証の成立は不知その余の甲号証の成立は認める、と述べた。
三、被告山梨貸切同久保島訴訟代理人は丙第一、二号証を提出し、証人岸本融、駒井豊作、柴田常治、石井朝夫、三橋栄ならびに被告本人久保島喜男(第一、二回)の各尋問と甲府税務署に対する調査の嘱託を求め、検証の結果を援用し、甲第三、四号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
原告等が前記請求原因の一において主張する事実は、被告山一水産同今村との関係においては当事者間に争がなく、被告山梨貸切同久保島に対する関係においては、いずれも成立に争ない甲第一、二、五号証、裁判所の検証の結果ならびに弁論の全趣旨を総合して明らかに認めることができる。つぎに成立に争ない甲第六号証と裁判所の検証の結果、証人石井朝夫の証言によれば、本件衝突事故のあつた現場は、いずれも幅員七ないし八米の南北および東西に通ずるアスフアルト舗装道路がほゞ直角に交叉する十字路で、附近一帯は商店の建物や住家が道路をはさんで密集し、十字路の東北隅には木製の電柱があるため、特に東方および北方からこの十字路に進入する場合の見通しは必らずしも良好とはいえないこと、本件衝突事故の起つた時は日出前約一時間の、雨がふり止んだ直後の暁闇時であり、街路灯がついていたことが認められる。したがつて、このような状況において自動車を運転して右の十字路を通過しようとする場合、自動車運転手としては、予め警笛を鳴らして交叉路を進行してくる車馬に注意を与えることはもとより、一旦停止しまたは少くとも時速二〇粁以下に減速徐行して、交叉路の左右を注視してこれを進行する車馬の有無をたしかめ、十字路通過の安全を確認した上で進行すべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。
ところで、いずれも成立に争ない甲第九ないし一三号証、証人柴田恒治、同石井朝夫の各証言と裁判所の検証の結果を総合すれば、本件の衝突事故の時には被告今村は貨物自動車を運転して北方から、被告久保島は乗用自動車を運転して東方から、それぞれこの十字路にさしかゝつたが、両者とも前記の注意を怠り、警笛を鳴らさず、時速約三〇粁の速力のまゝ漫然十字路に進入したゝめ、相互に相手の車を発見した時はすでに遅く、両車は十字路のほゞ中央部で激突したものであることが認められる。被告今村、同久保島(第一回)の各供述、証人駒井豊作の証言中、右の事実にそわない趣旨の部分はいずれも信用することができず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、本件の衝突事故は被告今村ならびに同久保島の過失に因るものであることは明らかである。そして、当時右両被告がそれぞれ被告山一水産ならびに被告山梨貸切に運転手として雇われていたこと、被告久保島は被告山梨貸切の業務の執行として本件小型乗用車を運転していたことはいずれも関係当事者間に争がない。
被告山一水産は、被告今村の貨物自動車の運転は本件の場合会社の業務執行の範囲外であると主張するのでこの点について考えてみるに、証人伊藤務の証言と被告本人今村修、被告山一水産代表者鈴木新次の各供述によれば、被告山一水産は鮮魚その他の海産物の卸販売を業とする会社で、その取扱商品の運搬配達等のために本件小型貨物自動車を所有使用し、被告今村を常時右自動車の運転業務に従事させていたものであるが、たまたま本件事故の前日である昭和三一年一〇月一三日に、被告今村は被告会社勤務の同僚伊藤務から乞われるまゝに本件自動車を運転し同人を同乗させて勝沼町に葡萄の買出しに行き、夜おそくなつて甲府市に帰つたので、ついでにその車で伊藤を同市湯田町の自宅に送りとどけ、自分は会社に一泊し、翌一四日早朝、前夜の約束に基き右伊藤の出勤を迎えるため本件の自動車を空車で運転して同人の自宅に向う途中、本件の衝突事故を起したものであることが認められる。そして民法第七一五条にいわゆる事業の執行とは、外形的客観的にみて使用者の事業に属するものおよびこれと適当な関連のある行為をいゝ、行為者の勤務時間の内外を問わず、また必らずしも行為者の主観的な意図にかゝわらないと解するのを相当とする。したがつて、前示の事実によれば被告今村は、被告山一水産の事業の執行につき本件衝突事故を起し原告等に損害を加えたものというべきであつて、被告山一水産の前記の主張は採用することができない。
被告山一水産は被告今村の、被告山梨貸切は被告久保島の、各選任監督について相当の注意をした旨主張しているけれども、本件に現われた関係の全証拠を検討しても、いまだ右両被告会社がそれぞれ右被用者の選任ならびにその事業の監督につき相当の注意をしたものと認めることはできないので、右の抗弁はいずれも採用しない。
以上によつて、被告四名は各自連帯して原告等に対し、原告等が本件衝突事故によつて蒙つた後記の損害を賠償する義務があること明らかである。
よつて進んで原告等の蒙つた損害の額について考えてみる。
原告等の年令ならびに亡中山信夫との身分関係が前記請求原因三において原告等が主張する通りであることは、証人鈴木章次の証言と弁論の全趣旨(訴状添付の戸籍謄本)によつて明らかであり、証人鈴木章次、三枝文義、中山赳夫(第一回)の各証言と原告本人中山ちかよの供述を総合すれば、中山信夫は東京都日本橋所在の写真学校を卒業後しばらく技師として甲府市内の写真館に勤務し、昭和二一年五月頃から独立して写真業を開業、昭和二三年頃原告等の肩書住所に写場を新築し写真の写場撮影、出張撮影、現像焼付、写真材料の販売等の業務に精励し、その収益で原告等四名を扶養していたことが認められ、原告本人中山ちかよの供述によつて真正に成立したと認められる甲第三、四号証と同人の供述とによれば、中山信夫の事業による純収益は、同人の死亡前一ケ年間は平地一ケ月三四、七〇〇円(円位未満四捨五入以下同じ)であり、その純益額は逐年増加していたことが認定できる。謁査嘱託に対する回答書の記載は右の認定を動かすに足りない。そして中山信夫は死亡当時満三三才で健康であつたから、少なくとも満六五才となるまで向後三二年間は同一の生業によつて右と同程度の収益を上げ得たであろうことが経験則上明らかである。なお信夫本人の生計費については、別段の立証がないので、前記の家族構成と各自の年令を基準とし、同人の死亡当時の平均生計費指数を、信夫一・〇に対し信次一・〇、ちかよ〇・九、功ならびに収各〇・三とし、信夫本人の指数と扶養家族の指数合計とによつて前記三四、七〇〇円を按分して算出すれば、信夫の生計費は一ケ月平均九、九一四円となる。結局、信夫は向後三二年間に亘り一ケ月につき前記の純収益額から前記の生計費の額を控除した金二四、七八六円の割合による利益を失つたものであつて、右の年金的利益に対してホフマン式計算法により利率年五分の中間利息を控除してその現在価格を算出すれば金五、六七六、三七五円となる。なお信夫が本件の交通事故のため負傷入院してから死亡するまでの間、必要に応じて看護人付添人の費用として一四、七〇〇円、自動車賃、氷代その他雑費として五、〇〇〇円合計一九、七〇〇円を支出して同額の損害を蒙つた事実は証人中山赳夫の第二回証言、と弁論の全趣旨によつて認められる。そして、被害者が自動車損害賠償保障法によつて給付を受けるべき保険金が六〇〇、〇〇〇円あり、被告山一水産から見舞金として一〇、〇〇〇円を受領した事実はいずれも関係当事者間に争がなく、これらの金額を控除すべきことは原告等の自認するところである。結局、前記全損害額から右金額を控除すれば、中山信夫の蒙つた物質的純損害額は金五、〇八六、〇七五円となること計数上明らかであつて、原告ちかよ、功、収の三名は各自の相続分に応じて右金額の三分の一である金一、六九五、三五八円の損害賠償請求権を相続したものというべきである。
つぎに証人三枝文義、鈴木章次、中山赳夫(第一回)の各証言と原告本人中山ちかよ、同信次の各供述を総合すれば、原告等は中山信夫の死亡によつて一家の支柱を失い、多大の精神的苦痛を受けたこと、中でも原告ちかよは甚しい精神的衝動のためいまだに健康がすぐれないことが認められ、原告功同収も将来成長するに従つて精神的苦痛を感受するであろうことは当然である。また、右に掲げた証拠によれば、原告等は、中山信夫の遺した約一二坪の写真撮影場一棟、営業用の写真機三台および付属器具用品類等時価総額約九〇万円程度がある他さしたる資産はなく、原告ちかよは幼児である功、収の養育と家事に追われており、原告信次が百貨店の夜警員として得る一ケ月平均六、〇〇〇円の収入と甲府市から受ける恩給とによつて一家の生計を支え、将来の生活に多大の不安を感じている実情を認めることができる。これらの原告側の実情と、被告今村同久保島の各供述によつて認められる両名の年令、職業、社会的地位、ならびに、被告山一水産代表者鈴木新次の供述と成立に争ない乙第一ないし五号証によつて認められる同会社の資産、営業状態、弁論の全趣旨によつて認められる被告山梨貸切の資産、営業状態とを比較検討し、さらに本件の証拠に現われた、衝突事故の際の被告今村同久保島の過失の程度、被告両会社の、右両名に対する選任監督上の注意の程度、事故発生後の見舞金賠償金等に関する原告側と被告側の交渉の顛末、その他諸般の事情を総合考慮するときは、原告等の精神的損害に対する慰藉料としては、原告ちかよに対し金一〇〇、〇〇〇円、原告功、同収に対しいずれも金三〇、〇〇〇円、原告信次に対し金一〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。
よつて被告四名は各自原告四名に対し物質的ならびに精神的損害の賠償として前記認定の金額の合計額とこれに対する、本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三一年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。そして原告等の本訴請求の金額は、原告ちかよ、同功、同収に対する物質的損害については前認定の各損害額の範囲内であるからその請求の全額を正当として認容することとし、原告四名に対する慰藉料については前認定の各慰藉料額の範囲において請求を認容しこれを超える部分は失当として棄却することゝする。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書第九三条第一項を適用し、慰藉料の支払いのみについて無担保で仮執行を許すのが相当と認められるので民事訴訟法第一九六条を適用し、仮執行免脱の申立は相当でないものと認めて主文の通り判決する。
(裁判官 岡村治信)
表<省略>